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大阪地方裁判所 昭和46年(ワ)230号 判決

昭和四五年(ワ)第二六〇一号事件原告、昭和四六年(ワ)第二三〇号事件被告(以下「原告」という。) 角井ナラウメ

同右(同右) 角井理栄子

昭和四六年(ワ)第二三〇号事件被告(以下「二三〇号事件被告」という。) 五井啓次

右三名訴訟代理人弁護士 渡辺義次

同右 家郷誠之

昭和四五年(ワ)第二六〇一号事件被告、昭和四六年(ワ)第二三〇号事件原告(以下「被告」という。) 報国製線株式会社

右代表者代表取締役 高部光雄

〈ほか五名〉

右六名訴訟代理人弁護士 門間進

主文

被告報国製線株式会社及び被告喜田繁は、各自、原告角井ナラウメに対し、金五七五万六一〇〇円及びうち金五二〇万六一〇〇円に対する昭和四二年一〇月二日から支払いずみに至るまで年五分の割合による金員を、原告角井理栄子に対し金九二六万二二〇〇円及びうち金八四一万二二〇〇円に対する同日から支払いずみに至るまで年五分の割合による金員を、それぞれ支払え。原告らの被告報国製線株式会社及び被告喜田繁に対するその余の請求、原告らのその余の被告らに対する請求並びに被告らの原告ら及び二三〇号事件被告に対する請求は、いずれもこれを棄却する。

訴訟費用は、原告らと被告報国製線株式会社及び被告喜田繁との間においては、原告らに生じた費用の八分の七を同被告らの連帯負担とし、その余は各自の負担とし、原告ら及び二三〇号事件被告とその余の被告らとの間においては、各自の負担とする。

この判決は、原告角井ナラウメが被告報国製線株式会社又は被告喜田繁に対しいずれも金二〇〇万円の担保を供するときは、同被告からその担保を供された被告に対し、原告角井理栄子が被告報国製線株式会社又は被告喜田繁に対しいずれも金三〇〇万円の担保を供するときは、同原告からその担保を供された被告に対し、それぞれ仮に執行することができる。

被告報国製線株式会社又は被告喜田繁が原告角井ナラウメに対しいずれも金三〇〇万円の担保を供するときは、その担保を供した被告は同原告からの前項の仮執行を、被告報国製線株式会社又は被告喜田繁が原告角井理栄子に対しいずれも金四五〇万円の担保を供するときは、その担保を供した被告は同原告からの前項の仮執行を、それぞれ免れることができる。

事実

第一双方の求めた裁判

一  昭和四五年(ワ)第二六〇一号事件(以下「二六〇一号事件」という。)について

(一)  原告ら

1 被告報国製線株式会社(以下「被告会社」という。)及び被告喜田繁は、各自、原告角井理栄子に対し金一〇〇〇万五六〇〇円及び内金八九五万五六〇〇円に対する昭和四二年一〇月二日から支払いずみに至るまで年五分の割合による金員を、原告角井ナラウメに対し金六一二万七八〇〇円及び内金五四七万七八〇〇円に対する同日から支払いずみに至るまで年五分の割合による金員を、それぞれ支払え。

2 被告会社、被告福井正行、被告土岐新、被告小西生次及び被告山口秀雄は、各自、原告角井理栄子に対し金五〇万円及びこれに対する昭和四二年一〇月二日から支払いずみに至るまで年五分の割合による金員を、原告角井ナラウメに対し金五〇万円及びこれに対する同日から支払いずみに至るまで年五分の割合による金員を、それぞれ支払え。

3 訴訟費用は被告らの負担とする。

との判決並びに仮執行の宣言を求めた。

(二)  被告ら

1 原告らの請求は、いずれもこれを棄却する。

2 訴訟費用は原告らの負担とする。

との判決並びに被告ら敗訴の場合につき仮執行免脱の宣言を求めた。

二  昭和四六年(ワ)第二三〇号事件(以下「二三〇号事件」という。)について

(一)  被告ら

1 原告ら及び二三〇号事件被告は、各自、被告福井正行、被告小西生次、被告土岐新及び被告山口秀雄に対し、各金五〇万円及びこれに対する昭和四五年五月二〇日から支払いずみに至るまで年五分の割合による金員を、被告喜田繁に対し金一〇〇万円及びこれに対する同日から支払いずみに至るまで年五分の割合による金員を、被告会社に対し金二〇〇万円及びこれに対する同日から支払いずみに至るまで年五分の割合による金員を、それぞれ支払え。

2 原告ら及び二三〇号事件被告は、被告会社、被告福井正行、被告小西正次及び被告土岐新に対し、大阪府において発行する朝日新聞、毎日新聞、読売新聞、サンケイ新聞及び日本経済新聞の各近畿版に、見出しの「謝罪広告」の文字並びに原告ら、二三〇号事件被告及び右被告四名の氏名・名称は四号ゴシック活字とし、本文並びに日付は五号活字として、別紙のとおりの謝罪広告をせよ。

3 訴訟費用は、原告ら及び二三〇号事件被告の負担とする。

との判決並びに右1につき仮執行の宣言を求めた。

(二)  原告ら及び二三〇号事件被告

1 被告らの請求は、いずれもこれを棄却する。

2 訴訟費用は被告らの負担とする。

との判決を求めた。

第二二六〇一号事件における双方の主張

一  原告らの請求の原因

(一)  事故の発生

訴外角井義一(以下「義一」という。)は、被告会社の従業員であったが、昭和四二年一〇月一日午後一時二五分ごろ、東大阪市南荘町八番二九号所在の被告会社第三工場内において、同所に設置されていた高さ三・五五メートルの片足門型クレーン(以下「本件クレーン」という。)に上り注油作業に従事中、右工場の壁面の本件クレーンに近接したところに設置されていた三相交流二二〇ボルトの高圧トロリー線に接触して電撃死した。(以下右死亡事故を「本件事故」という。)

(二)  本件事故に対する被告喜田繁の責任

1 義一は、本件クレーン上部の滑車に注油するため、まず同工場西南端にある高圧電流などの電源スイッチを切ったうえ、本件クレーンに上り上部滑車に注油していたものであるが、このとき、被告会社従業員である被告喜田繁が、同工場内に入り、義一が本件クレーン上に居ることに気づかず、切られていた右電源スイッチを入れ、かつ、本件クレーンの電動操作をしたため、義一は、足をとられ前記高圧トロリー線に接触して、電撃死したのである。

2 被告喜田繁は、右の場合、同工場内の電源スイッチが切られていたのであるから、当然、電源スイッチを入れるに際し危険の有無を確認して不測の事故を未然に防止しなければならない義務があるのに、これを怠り、また、本件クレーンの附近まで来てこれを操作したのであるから、僅か地上三・五五メートルに居た義一を当然発見することができたはずであるのに、漫然と本件クレーンの操作をした過失によって、本件事故を惹起したものである。

3 したがって、被告喜田繁は、民法第七〇九条により、義一の死亡によって生じた損害を賠償する責任がある。

(三)  本件事故に対する被告会社の責任

1 被告喜田繁は被告会社の従業員であり、本件事故を惹起した被告喜田繁の前記行為は被告会社の事業の執行についてなされたものであるが、そのほか、被告会社としては、工場内の照明設備を十分にするとともに安全燈(トロリー線に通ずる電源スイッチを入れた場合赤ランプがつく装置等)を設置するなどしてクレーン上で作業中の従業員の存在を他の従業員に知らせる方法を講ずることは勿論、本件事故当日は棚おろし決算の日で本件クレーンを使用しない関係上同工場職長である被告山口秀雄を介して同日午後義一に本件クレーンの掃除を命じたのであるから、その際、他の従業員に対し義一が本件クレーンに登ることを事前に十分周知徹底させて不測の事故を未然に防止しなければならないのに、何らこのような措置も講ぜず放置していたため、被告喜田繁の前記過失と相まって、義一を死亡させるに至ったものである。

2 したがって、被告会社は、民法第七一五条第一項により、義一の死亡によって生じた損害を賠償する責任がある。

(四)  本件事故等による原告らの損害

原告角井ナラウメは義一の妻、原告角井理栄子は義一の唯一の子であるが、原告らは、つぎのとおりの損害を受け、また義一の損害につき損害賠償請求権を取得した。

1 義一の得べかりし利益の喪失による損害

(1) 義一は昭和四二年一月から九月までの給与等として金五二万七四九五円の支給を受けており、同年一〇月から一二月までの給与等として(その直前三か月の平均値の三か月分である)金一八万二三一一円の、賞与として(年間の給与等総額七〇万九八〇六円の一九パーセントにあたる)金一三万四八六三円のそれぞれ支給を受けえたはずであり、以上の総計は金八四万四六六九円であるところ、義一は同年中に被告会社から合計金六一万二一一三円の支給を受けたから、義一は同年中において、なお得ることができたはずの金二三万二五五六円の収入を失ったこととなる。

(2) 昭和四三年から昭和四六年までの間について、義一は、少なくとも総理府統計局編「毎月勤労統計調査」による産業別の常用労働者一人平均月間現金給与総額の鉄鋼男子労働者の平均額と同じ収入を得ることができたはずであるから、右期間における義一の収入は別表1該当欄記載のとおりとなる。

(3) 昭和四七年から昭和五一年三月(義一が五七才の停年に達する月)までの間について、義一は少なくとも毎年八パーセントの昇給をし、別表1該当欄記載のとおりの収入を得ることができたはずである。

(4) 昭和五一年四月から義一の稼働可能年齢限度(六三才)に達する昭和五七年三月までについて、義一は、各年齢に応じ、昭和四七年賃金センサス第一巻第二表の産業計・企業規模計・学歴計の年齢別平均給与額の五七才時の額に対する五八才以降六三才時までの各額の比率を義一の五七才時の年収二〇三万〇八〇〇円に乗じて得た別表1該当欄記載のとおりの収入を得ることができるはずである。

(5) よって、義一が昭和四二年一〇月から昭和五七年三月までに得ることができるはずの各年間所得の総合計は、別表1のとおり、金二二五四万四四〇〇円となる。

(6) (生活費控除)

義一は病身の妻原告角井ナラウメと当時高校生であった娘原告角井理栄子を抱え、きわめて質素な生活をしていたものであって、義一自身の生活費は、その収入の三分の一をこえることはないから、各年間の所得額から、別表2該当欄記載のとおり、その三分の一ずつを控除する。

(7) (中間利息を控除した額)

ホフマン式計数表により、年五分の利息を控除して、右生活費控除後の金額の本件事故時の額を求めると、別表2のとおり、総計一〇四三万三四〇〇円となる。

(8) したがって、義一は右金一〇四三万三四〇〇円の損害賠償請求権を有するところ、原告角井ナラウメは妻としてその三分の一にあたる金三四七万七八〇〇円の、原告角井理栄子は唯一の子としてその三分の二にあたる金六九五万五六〇〇円の各損害賠償請求権を相続により取得した。

2 慰藉料

本件事故前から原告角井ナラウメは病身で半身不随の状況にあり、原告角井理栄子は本件事故当時高校三年生であったため、原告らの生活は、経済面は勿論その他すべての面で義一に依存していたものであり、また、義一は、勤勉な性格で、家庭でも良き夫良き父であっただけに、義一を失った原告らの精神的苦痛ははかり知れないものがある。したがって、右苦痛に対する慰藉料の額は、原告ら各自に対し、それぞれ金二〇〇万円とするのが相当である。

3 弁護士費用

本件事故について、被告会社及び被告喜田繁が、何らの誠意もみせず、損害賠償の意思もまったく示さないため、原告らはやむをえず弁護士に委任して本訴を提起した。本訴の委任費用は、着手金三〇万円及び成功報酬として原告らが得る額の一〇分の一にあたる金一四〇万円であるから、右合計金一七〇万円の損害額を原告らが本訴で得る金額で按分した額、すなわち、原告角井ナラウメについては金六五万円、原告角井理栄子については金一〇五万円が、それぞれの弁護士費用の損害である。

(五)  本件事故等に基く被告会社及び被告喜田繁に対する請求

よって、原告らは、被告会社及び被告喜田繁に対し、原告角井ナラウメに前記(四)の1の(8)記載の金三四七万七八〇〇円、同(四)の2記載の金二〇〇万円及び同(四)の3記載の金六五万円の合計金六一二万七八〇〇円並びにそのうち右(四)の3記載の金六五万円を除く金五四七万七八〇〇円に対する本件事故の日の翌日である昭和四二年一〇月二日から支払いずみに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を、原告角井理栄子に同(四)の1の(8)記載の金六九五万五六〇〇円、同(四)の2記載の金二〇〇万円及び同(四)の3記載の金一〇五万円の合計金一〇〇〇万円五六〇〇円並びにそのうち同(四)の3記載の金一〇五万円を除く金八九五万五六〇〇円に対する同日から同じ割合による遅延損害金を、各自支払うよう請求する。

(六)  被告福井正行、被告土岐新、被告小西生次及び被告山口秀雄の不法行為並びに同被告ら及び被告会社の責任

1 本件事故については、被告会社従業員である二三〇号事件被告五井啓次ら数人が、これを目撃して、被告喜田繁の過失によって本件事故が惹起されたものであることを被告会社職長である被告山口秀雄に連絡したため、被告会社企画部長である被告福井正行、被告会社工場長である被告土岐新及び被告会社製造部長兼労務部長である被告小西生次も、それぞれ本件事故が被告喜田繁の過失によって惹起されたものであることを知るに至った。ところが、右被告らは、被告会社の管理職にある立場上、事件が公表されることをおそれ、被告喜田繁の犯行を隠ぺいしようと企て、つぎのとおりの不法行為に及んだ。

(1) まず、被告山口秀雄は、前記事故当日午後一時四〇分ごろ、二三〇号事件被告五井啓次から、本件事故の原因を告げられるや、ただちに同人に対し、「相手は死んでいるのだから、死人に口なしだから、そんなこと絶対に他人に言ったらいかん。他の者に迷惑がかかって大変なことになる。」と告げ、同人をして真実を告知することを断念させ、もって他人の刑事被告事件に関する証憑を隠滅し、さらに、その直後、被告喜田繁を前記工場内の風呂場横に連行し、同被告に対し、「黙っていよ。」と告げ、もって犯人を隠避させた。

(2) ついで、被告福井正行、被告土岐新及び被告小西正次は、共謀のうえ、翌二日午前九時三〇分ごろ、同工場内の「さばき場」に同工場従業員全員を集め、義一の電撃死の状況を目撃している従業員に対し、「監督署の方から人が来るが、余計なことは言わないように。」と告げ、もって他人の刑事被告事件に関する証憑を隠滅した。

2 原告らは、被告会社から、本件事故の状況につき、義一が本件事故にあったときは全従業員が風呂に入っていて事故現場には誰も居なかった、義一はスイッチを切らずにクレーンに登り、足をすべらせて電撃死した、との虚偽の説明を受け、納得のいかないままに約三年間にわたり、義一の死因の真相を知る権利をきわめて悪質・違法な態様で侵害されたことによって、名状しがたい精神上の苦痛・打撃を受けたが、これは、前記被告らの不法行為によるものである。

3 前記被告らの不法行為は、被告会社の従業員である同被告らが被告会社の業務の執行についてなしたものであるから、同被告らは民法第七〇九条により、被告会社は同法第七一五条第一項により、それぞれ右損害を賠償する責任がある。

(七)  右不法行為による損害及び損害賠償請求

1 原告らは、右(六)の1記載の不法行為により、同(六)の2記載のとおりの精神的苦痛を被ったが、右苦痛を慰藉すべき金額は、原告らそれぞれにつき金五〇万円ずつとするのが相当である。

2 よって、原告らは、被告福井正行、被告土岐新、被告小西生次、被告山口秀雄及び被告会社に対し、原告らそれぞれに金五〇万円及びこれに対する不法行為の後である昭和四二年一〇月二日から支払いずみに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を各自支払うよう請求する。

二  請求原因に対する被告らの認否及び抗弁

(一)  請求原因事実の認否

1 請求原因(一)の事実は、すべてこれを認める。

2 同(二)の事実は、すべてこれを否認する。被告喜田繁が電源スイッチを入れて本件クレーンを電動操作した事実はまったくない。

3 同(三)のうち、被告会社に本件事故の責任があるとする主張事実は、すべてこれを否認する。

4 同(四)の事実中、義一の昭和四二年一月から九月までの所得金額、「毎月勤労統計調査」による統計数値及び仮に義一が在職していたならば昭和四二年一〇月から同人が五七才で定年となって退職する昭和五一年三月まで原告ら主張のとおりの給与等が支払われるであろうことは、すべてこれを認める。義一と原告らとの身分関係は知らない。同(四)のその余の事実は、すべてこれを争う。

5 同(六)及び(七)のうち、昭和四二年一〇月二日午前九時三〇分ごろ被告会社第三工場内の「さばき場」で同工場従業員全員に本件事故の状況の説明をした事実は、これを認めるが、その余の事実(右説明中に原告らが主張するように「監督署の方から人が来るが、余計なことは言わないように」と告げたとの事実を含む。)は、すべてこれを否認する。

(二)  抗弁

1 原告らは、被告会社及び被告喜田繁各自に対し、義一の得べかりし利益の喪失による損害として、原告角井ナラウメにつき金二四七万〇七二五円及びこれに対する遅延損害金を、原告角井理栄子につき金四九四万一四五〇円及びこれに対する遅延損害金を請求し、これに伴い、弁護士費用の損害として、原告角井ナラウメにつき金四八万円を、原告角井理栄子につき金九六万円を請求していたところ、昭和四八年一二月五日、同日付請求拡張申立書を提出して、請求を拡張(後に一部減縮)し、得べかりし利益喪失による損害につき原告角井ナラウメに対する金三四七万七八〇〇円及びこれに対する遅延損害金並びに原告角井理栄子に対する金六九五万五六〇〇円及びこれに対する遅延損害金を、弁護士費用の損害につき原告角井ナラウメに対する金六五万円及び原告角井理栄子に対する金一〇五万円を、それぞれ請求するに至ったものである。

2 そして、仮に何らかの意味において損害賠償が認容されうるとしても、原告らの右請求の拡張は、本件事故発生後はもとより、原告らが「加害者ヲ知リタル時ヨリ」しても三年を経過していることが明らかであり、従来の請求が内金請求でない点にかんがみても、その拡張部分はすでに時効により消滅しているから、右時効を援用する。

三  抗弁に対する原告らの主張

右二の(二)の1の事実は認める。

第三二三〇号事件における双方の主張

一  被告らの請求の原因

(一)  義一は、前記第二の一の(一)記載の本件事故により死亡したが、その当時、所轄の東大阪労働基準監督署及び枚岡警察署が厳重に原因を究明した結果、本件事故は義一の自己過失によるものと断定され、事件は落着した。

ところが、被告会社の従業員であった二三〇号事件被告五井啓次は、昭和四五年一月中旬の配置転換をめぐる問題に不満をいだいて同年二月一九日付で退職したころから、本件事故は被告喜田繁がクレーンのスイッチを入れたことによるものだと広言し、被告会社及びその他の被告らを誹謗し始め、退職後の同年三月二日、義一の実兄及び実弟とともに被告会社に来社し、本件事故に関し暗に金員を要求する態度を示したが、被告会社は、再度事実調査をしても右のような事実が認められなかったため、右要求を拒絶した。

すると、二三〇号事件被告は、義一の遺族である原告らをそそのかし、原告らと謀って、つぎのとおりの告訴・訴提起に及んだ。

1 原告ら名をもって、昭和四五年五月一九日、被告喜田繁を業務上過失致死罪で、被告福井正行(被告会社企画部長)、被告土岐新(同工場長)、被告小西生次(同製造部長兼労務部長)及び被告山口秀雄(同職長)を、被告喜田繁がスイッチを入れたことを知りながら死人に口なしとして証拠隠滅をはかったものとして証拠隠滅・犯人隠匿罪で、大阪地方検察庁に告訴した。

2 同時に、大阪地方裁判所に対し、原告らより被告らに対する本件事故を原因とする損害賠償請求である本件第二六〇一号事件の訴を提起した。

右告訴・訴提起の内容は、翌五月二〇日の朝日新聞、毎日新聞、読売新聞、サンケイ新聞及び日本経済新聞の各朝刊の社会面に、大きくかつ詳細に報道された。それは、例えば、「夫の死因、過失でない。同僚の操作ミスを会社がかくす。妻と娘が損害賠償請求」(朝日新聞)、「感電死、同僚のせい。会社も証拠をかくす。」(毎日新聞)、「夫の感電死、同僚のミス。千三百万円支払え。“真相隠した”会社を訴え」(日本経済新聞)といった表題のもとに、被告喜田繁がクレーンのスイッチを入れ、義一を死亡させたにもかかわらず、被告会社幹部が共謀してこれをかくしていたものであるが、退職した二三〇号事件被告五井啓次が真相を打ち明けたことによって、原告らが裁判の手続をとることになったという趣旨のもので、世間一般に被告会社をはじめ被告会社幹部である被告福井正行、被告土岐新及び被告小西生次に対する深い疑惑を起させるものであった。

しかし、原告ら及び二三〇号事件被告が右告訴・訴提起等によって指摘するようなことは、まったく事実無根である。このことは、原告らの告訴によって、大阪地方検察庁特別捜査部所属の検察官がただちに捜査を開始し、同年八月末まで約三か月強の間、綿密かつ厳重な捜査をしたが、結局原告ら及び二三〇号事件被告の指摘するような事実は出ず、同年九月初に不起訴処分となったことによっても明らかである。

(二)  二三〇号事件被告五井啓次は、その指摘する事実が真実に反することを知りながら、被告会社及び被告会社幹部に対する個人的偏見や恨みにより、本件事件を奇貨とし、原告らをまきこんで、私憤をはらすために前記の所為に及んだものであり、原告らは、同様真実に反することを知っていたが、少なくとも過失によりこれを知らないで前記の所為に及んだものであるから、原告ら及び二三〇号事件被告は、各自、前記所為によって被告らに生じた損害を賠償する責任がある。

(三)  前記新聞記事によって、被告会社並びに記事中に直接指摘された被告福井正行、被告土岐新及び被告小西生次の名誉は極度に毀損され、また前記告訴によって、被告会社を除くその余の被告らは、検察庁の度重なる捜査に際し、被疑者として取り扱われ、とくに被告喜田繁は、義一を死に至らしめた直接の容疑者として扱われたため、いずれも、精神的に甚大な打撃を受け、名誉を毀損され、信用を失墜させられたのである。

右による精神的損害の慰藉等に要する金額は、被告福井正行、被告小西生次、被告土岐新及び被告山口秀雄については各金五〇万円、被告喜田繁については金一〇〇万円、被告会社については金二〇〇万円を、それぞれ相当とする。さらに、被告会社、被告福井正行、被告小西生次及び被告土岐新の信用を回復するためには、前記第一の二の(一)の2記載の謝罪広告の必要がある。

(四)  よって、右第一の二の(一)記載の判決を求める。

二  請求原因に対する原告ら及び二三〇号事件被告の認否及び主張

(一)  義一が本件事故により死亡したこと、本件事故につき事故当時の所轄官署の調査では義一の自己過失として処理されたこと、二三〇号事件被告五井啓次が被告ら主張の日に被告会社を退社したこと、右五井啓次が本件事故は被告喜田繁がクレーンのスイッチを入れたことによるものだと言明したこと、原告らが被告ら主張の日に被告ら主張のとおり告訴をし損害賠償の訴を提起したこと、右告訴及び訴提起につき被告ら主張のとおりの報道があったこと、右告訴につき被告ら主張の日に不起訴処分があったこと、以上の事実は認めるが、その余はすべて否認する。

(二)  義一が本件事故により死亡したのは、義一の自己過失によるものではなく、被告喜田繁が、義一の存在に気づかず、トロリー線に電流の通じるスイッチを入れ、かつクレーンを電動操作したためである。

しかるに、枚岡警察署の捜査で本件事故が義一の自己過失として処理される結果となったのは、本件事故の一部始終を目撃した二三〇号事件被告五井啓次ほか数人の目撃者らに対し被告らが口封じをしたために、捜査機関が目撃者の取調をすることができなかったこと(現に枚岡警察署は、本件事故当時、第三工場内にいた五井啓次らに対する取調をしていない。)、及び、被告喜田繁が、自己が唯一の目撃者であるかのような供述をしたうえ、「私の思いますに、クレーンの電気は動かしてないときはいつも切ってあるので、角井さんは電気は切ってあるものと思ってクレーンに登り油をさして誤って電気にかかり死んだものと思います」という供述をしたことに基くものである。

また、大阪地方検察庁において捜査の結果不起訴処分となったのは、捜査が本件事故から二年数か月経過して後行なわれたものであって、時効が切迫しており、物的証拠も大部分散逸していた状態であったため、目撃者数人の肯定的供述はあったものの、被告喜田繁らの供述をくつがえすに至らないと判断された故であって、被告ら主張のように、原告ら指摘の事実が出なかったためではない。

第四証拠関係≪省略≫

理由

一  本件事故の発生・原因・態様及び被告らの事故後の行動等

(一)  本件事故の発生

被告会社の従業員であった義一が、昭和四二年一〇月一日午後一時二五分ごろ、東大阪市南荘町八番二九号所在の被告会社第三工場内において、同所に設置されていた本件クレーン(高さ三・五五メートルの片足門型クレーン)に上り注油作業に従事中、右工場の壁面の本件クレーンに近接したところに設置されていた三相交流二二〇ボルトの高圧トロリー線に接触して電撃死したことについては、本件当事者間に争いがない。

(二)  本件事故の原因・態様

1(1)  右争いのない事実

(2) ≪証拠省略≫により認められる、本件事故に際し本件クレーンが被告会社第三工場の乾燥装置のダクトに近接した位置から約一メートルほど南方へ移動した事実

(3) ≪証拠省略≫により認められる、義一が電撃を受けた瞬間に被告喜田繁が本件クレーンの脚部についている手元スイッチを操作できる位置に居た事実並びにその時被告喜田繁の他に誰かが右手元スイッチを操作できる位置に居たことをうかがわせる証拠が全くない事実

(4) ≪証拠省略≫認められる、本件クレーンに上つている者には本件クレーンを動かすことはできず、また、本件クレーンに故障はなく、これが自然に動き出すことはありえないという事実

以上の各事実に≪証拠省略≫をあわせ考えれば、次の事実が認められる。すなわち、

昭和四二年一〇月一日は日曜日であったが、被告会社では、この日が年二回恒例として行われる棚卸しの日にあてられていた。被告会社第三工場でも、同工場所属の従業員の約半数にあたる一五、六名の希望者が、同日午前七時から出勤し、当時労働組合の組織上職場部長であり被告会社との関係でも事実上いわゆる職長のような地位にあった被告山口秀雄の指示により、同工場内外にあった鉄線の計量等をしていたが、この仕事は午前中でほとんど終了した。昼休みが終ってから、同工場従業員の高木富三郎、大木清次郎、川原宏、中辻利光及び被告喜田繁らは、右山口の指示により、同工場西北隅近くにある乾燥装置の北ないし北東部附近で、同装置内から他社より加工委託された棚卸し対象外の鉄線を取り出してこれを結束する作業をしていた。義一は、棚卸しのため同人がしなければならない計量等の作業を終えたので、自発的に、棚卸しの際にはほとんど常に行われていた本件クレーンへの注油をしようと考え、前記乾燥装置のダクトにはしごで上り、そこから本件クレーンの上に上って前かがみになりながら本件クレーンへの注油をしようとした。そのころ、被告喜田繁は、前記結束作業も大体終ったので、残りは他の者に委せ、自分は、翌日の作業がすぐ始められるように、同工場南西のさばき場あるいはその南の線材置場にある鉄線の結束を解いたうえこれを本件クレーンで吊って、前記乾燥装置の南方に並んでいる水槽の中に浸しておく段取りをしておこうと考え、本件クレーンの脚部附近に行き、本件クレーンを南に移動させようとしてその脚部にコードでつながれている手元スイッチを押した。前記工場の南西隅近くには、本件クレーン用のトロリー線への給電を断続するための電源スイッチが設置されていたが、被告喜田繁が右のように手元スイッチを押したとき、右電源スイッチは接続された状態にあったため、本件クレーンは、南に移動を始めた。そのため、本件クレーンが動くことなどは考えもせず、注油のためその上にかがんで居た義一は、バランスを失ってよろけ、前記トロリー線(三相交流二二〇ボルト)に触れ強い電撃を受けた。被告喜田繁は、電撃を受けた義一の叫び声により、本件クレーン上に人が居ることを知り、ただちに手元スイッチを切ってこれを放したため、本件クレーンは約一メートルほど南に移動しただけで停止した。被告喜田繁が手元スイッチを押したとき、同被告が、本件クレーン上に人が居ないかどうかを確認するために西の方向を見上げたとすれば、義一が本件クレーン上で注油作業に従事していることを発見するのは、きわめて容易な状況にあった。二三〇号事件被告五井啓次(以下「五井」という。)は、同工場のボイラー係であり、同日午後、同工場東側ほぼ中央の硫酸槽東側附近で温度の測定などをしていたが、本件クレーンの動く音及び義一の叫び声により同人の方を見て、同人が電撃を受けたのを知り、同時に被告喜田繁が手元スイッチを放した直後の様子を見て、ただちに、同被告が誤って手元スイッチを入れたため義一が電撃を受けたものと判断し、同被告に「電源スイッチを切れ。」と大声で言い、同被告が電源スイッチを切ったのを確認したうえ、本件クレーン上に上り、他の従業員と協力して義一を助け下し、間もなく到着した救急車で義一を病院に送ったが、義一は、前記電撃により、受傷後間もなく死亡した。

以上の事実が認められ(る。)≪証拠判断省略≫

2(1)  ところで、証人五井啓次の証言中には、義一は、同日昼休みが終って間もなく、油を持って前記工場の南西にあるさばき場から同工場内に入り、一たん同工場南西隅附近にある本件クレーン等の電源スイッチの方に行った後、本件クレーンに上って注油をしていた、また、被告喜田繁は、本件事故の直前に同工場内の北の方から中央通路を通って南の前記電源ボックスの方へ行き、次いで北の方に戻って来た、との旨の部分があり、これによれば、義一は、本件クレーンに上るのに先立ち、電源スイッチが切られているのを確認するために電源スイッチのところまで行ったものであり、被告喜田繁は、義一が本件クレーンに上っている(あるいは上ろうとしている)のを確かめずに、漫然と電源スイッチを入れたうえ、前認定のように手元スイッチをも押したものである、との原告ら主張の事実(前記第二の一の(二)の1)が認められるようにも思われる。しかしながら、証人五井啓次の右証言部分にあらわれた各事実については、これを裏付けるに足る他の資料がない(甲第一号証中には、中辻利光の供述として、義一が電源スイッチを切ってクレーンに上っていたことを知っていた旨の記載があるが、右供述記載は、具体的性がなく、義一が電源スイッチを切ったことの証拠としては、採用できない。)ばかりでなく、後記(四)の1、2に記載したような本件訴訟に至る経過における五井の立場を考慮すると、右証言部分自体、積極的に虚偽と知りながらこれを供述したものとまでは認められないとしても、被告喜田繁が誤って本件クレーンを動かしたとの事実を首尾一貫するように説明しようとする余り、必ずしも明確に記憶されていない事項についてまで断定的に供述することとなった結果、右のような証言内容となったのではないか、との疑いも生じない訳ではないから、右証言部分によって原告ら主張の前記事実を認めることはできず、他にも右事実を認めるに足る証拠はない。

(2) 右のように、被告喜田繁が電源スイッチを入れたとの事実については、これを認めるに足る証拠はないが、一方、義一が、何らかの関係で電源スイッチが入っていたのを知りながら、または、入っていないのを確認しないで、あるいは、本件クレーンを上り易い位置に移動するためあえて電源スイッチを入れたうえで、本件クレーンに上ったとの事実についても、また、これを認めるに足る証拠はないのである。すなわち、前同日前記工場では朝から棚卸しが行われていたため、本件クレーンは使用されることがなく、当初その電源スイッチが切断されていたことは、≪証拠省略≫をまつまでもなく、容易に考えられるところであるが、≪証拠省略≫中、義一が本件クレーンを上り易い乾燥装置のダクトの近くに移動させるため電源スイッチを入れたとの事実を示唆するようにうかがえる部分は、単なる同被告らの推測にすぎず、到底右事実認定の資料とするに足りないし、また、≪証拠省略≫中の、(ア)義一は、以前にもしばしば、電源スイッチを切らずに前記ダクト等に上り、下から手を伸して本件クレーンの滑車に砂をまいたり注油したりしていたので、何回も注意を与えていた、(イ)ときには、電源スイッチを切らずに本件クレーンの上にまで上って注油していたこともある、との旨の部分についてみても、右(イ)については、にわかに信用できないし、右(ア)の点が認められるとしても(そして、仮に過去に(イ)のようなことがあったとしてさえも)、そのことから、ただちに、義一につき、本件事故当時電源スイッチが切られていないのを知りながら、あえて本件クレーンの上に注油のために上った等の前記事実を推認することはできないし、他にも右事実を認めるに足る証拠もなく、さらに、その他本件全証拠によっても、本件事故時に何故前認定のように電源スイッチが入っていたかの点については、その理由を明らかにすることができない。(したがって、前記事実を前提として、本件事故による損害賠償の額の算定につき、義一の過失を斟酌することのできないことはいうまでもない。)

(三)  本件事故後の被告らの行動等

1  ≪証拠省略≫によれば、前認定のとおり義一が救急車で病院に送られた後、五井は、同工場内の東北部分において、被告山口秀雄に、被告喜田繁がクレーンを動かしたため義一が驚いて倒れ、感電した旨を告げたところ、被告山口秀雄は、その場で、五井に対し、「えらいことになったな。結局、死人に口なしで、喜田にもみんなにも迷惑がかかるから、絶対にしゃべるなよ。」と言って口止めをしたばかりでなく、その直後、前記工場の風呂場の横で遭った被告喜田に対しても、黙っているように言って同様口止めをしたことが認められ(る。)≪証拠判断省略≫

2  昭和四二年一〇月二日(本件事故の翌日)午前九時三〇分ごろ、被告会社第三工場内のさばき場で同工場従業員全員に本件事故の説明があったことは、当事者間に争いがないところ、この事実に、≪証拠省略≫を合わせ考えれば、右説明の際、被告会社の側からは、被告福井正行(当時被告会社労務課長)、被告土岐新(同製造部長・第三工場等担当)及び被告小西生次(同製造課長)らが出席したが、その時、被告福井正行は、従業員らに対し、本件事故のあったことを話し、同種事故を起さないように注意を与えるとともに、「本件事故についていろいろデマが飛んでいるが、労働基準監督署の人などが来ても余計なことを言わないように」という趣旨の発言をして口止めをしたことが認められ(る。)≪証拠判断省略≫

3  ≪証拠省略≫によれば、被告会社としては、本件事故の原因等に関し、被告小西生次が第三工場内の本件クレーン等の設備を直接調査したほかは、同被告、被告福井正行及び同土岐新ら被告会社幹部において直接本件事故当時第三工場内に居た従業員等から事情を聞く等のことは一切せず、間接的に職長格の被告山口秀雄の調査したところについて報告を受けていたにすぎないことが認められ、右に反する証拠はない。

4  ≪証拠省略≫によれば、本件事故当時に第三工場の従業員が風呂に入っていたことはありえないと認められるにもかかわらず、≪証拠省略≫によれば、本件事故当日の夜、被告会社からは多数の者が義一の遺体を送って同人宅に到ったが、その際、被告小西生次は、原告ら義一の遺族に対し、「仕事が済んで他の従業員は皆風呂に入っていたところ、義一が、電源スイッチを切らずに注油のため本件クレーンに上ったため、高圧線に触れて感電死した。」と説明したことが認められ(る。)≪証拠判断省略≫

5  以上の1ないし4において認定した事実に弁論の全趣旨をあわせ考えれば、被告福井正行、同土岐新及び同小西生次は、被告山口秀雄から本件事故が被告喜田繁の過失によって惹起されたとの話を聞き、それが真実であると考えたが、そのことが公表されることを虞れ、共謀のうえ、前記のとおりの従業員に対する発言をしたものであることを推認するに難くなく、≪証拠省略≫中右認定に反する証拠は前記1ないし4の事実認定の資とした証拠と対比して採用できず、他にも右認定に反する証拠はない。

(四)  二六〇一号事件の訴提起に至る経過等

1  義一が本件事故により死亡した当時、所轄の東大阪労働基準監督署及び枚岡警察署の調査では、本件事故が義一の自己過失によるものとして処理されたこと、五井は、昭和四五年二月一九日、被告会社を退社したが、そのころ、本件事故は被告がクレーンのスイッチを入れたことによるものだと言明したこと、原告らが、被告ら主張(前記第三の一の(一))のとおり、告訴し、損害賠償の訴を提起したこと、これに対し被告ら主張(同右)のとおりの新聞報道があったこと、右告訴については、昭和四五年九月初、不起訴処分があったこと、以上の事実は本件当事者間に争いがない。

2  右争いのない事実、≪証拠省略≫によれば、次の事実が認められる。すなわち、五井は、前認定のとおり本件事故を目撃したが、被告会社に勤務している以上、一応義一の自己過失として処理されている本件事故が被告喜田繁の過失によるものであることを言明しては、被告会社における対人関係等で甚だ好ましくない立場に置かれるに至るであろうことを恐れ、このことを公表しないでいたが、かねて被告会社の役職にある者らについていろいろ快く思わない点があったところ、昭和四五年一月末ごろ、自分の所属する被告会社第三工場ボイラー係に見習として配置される者があることを知り、これは、右役職にある者らが、自分に不利な配置転換を強いるためにしたことだと考え、憤慨して、同月三一日、被告小西生次(当時被告会社業務部長兼製造部長)に退職届を提出するに至った。五井は、その前後から、被告会社の役職にある者らに対し、退職した後は、本件事故が被告会社従業員の過失によるものであることを公表する旨言明していたが、退職後の同年三月一日には、義一の遺族らに会って本件事故は被告喜田繁が誤ってクレーンを動かしたために起ったものである旨を告げ、翌二日以降には義一の実兄等とともに被告会社を訪れて本件事故に対する被告会社の責任を追及する等していたが、被告会社側が本件事故は義一の自己過失によるものであるとする主張を変えなかったため、原告らと相談のうえ、前記のとおりの告訴及び訴提起に及んだこと、以上の事実が認められ、右認定を覆すに足る証拠はない。なお、右乙第二号証中には、五井は、本件事故に関して利得を得ようとしてその相談を被告会社従業員開元十二男に持ちかけた旨の記載があるが、右は伝聞であり、≪証拠省略≫と対比して、にわかに採用できず、他にも右のような事実を認めるに足る証拠はない。

3、右1、2にあらわれた事実によれば、五井は、被告会社の役職にある一部の者ひいては被告会社そのものに対し、少なからぬ悪感情を抱いていたものであり、このことが、原告らに本件事故の原因を告げて前記告訴及び訴提起をするに至らせた動機の一端となっていることはうかがえるが、右の程度をこえて、五井が、ただ、被告会社等に対する報復のみのために、まったく虚偽の事実を述べているものとまでは、右事実のみからは到底考えられないから、右事実は、前記認定の妨げとなるものではない。

二  二六〇一号事件について。

(一)  被告会社及び被告喜田繁に対する請求(事実欄第二の一の(一)ないし(五))

1  被告らの責任

(1) 前記一の(一)及び(二)の1に認定した(争いのない事実を含む。以下同じ。)各事実によれば、被告喜田繁は、棚卸しの日であり本件クレーン上に注油等のため人が上っていることは当然予想され、また、西上方を見れば義一が本件クレーン上に注油のため上っていたことを容易に発見できたはずであり、本件クレーンの操作をするためには、予め、注油のため本件クレーンに上っている者その他の従業員の安全を図るため周囲に人が居ないことを確かめるべき注意義務があるのに、これを怠り、義一が本件クレーン上に居ることを気づかずに手元スイッチを入れた結果、前記のとおり義一を死亡するに至らせたものであるから、同被告には、民法第七〇九条の不法行為者として、義一の死亡によって生じた損害を賠償する責任がある。

(2) 右各事実によれば、被告会社の従業員である被告喜田繁は、被告会社の事業の執行として右不法行為を行ったものというべきであるから、被告会社もまた、民法第七一五条一項により、右損害を賠償する責任がある。

2  損害額

原告らが賠償請求することのできる損害の額は、次のとおりである。

(1) 義一の得べかりし利益の喪失による損害

ア 義一が、本件事故により死亡することがなかったとすれば、昭和四二年一〇月から昭和五一年三月(義一が被告会社を停年退職するとき)まで、被告会社から別表1の年収欄各記載の額の給与等を受けたであろうことは当事者間に争いがない。ところで、原告らは、義一が、停年後の昭和五一年四月から稼働可能年齢限度の六三才に達する昭和五七年三月まで各年齢に応じ、五七才時の年収の額に、昭和四七年賃金センサス第一巻第二表の産業計・企業規模計・学歴計の年齢別平均給与額の五七才時の額に対する五八才以降六三才時までの各額の比率を乗じて得た額を得ることができるはずであるとし、右方法により得た額を原告らの損害の根拠として主張するが、停年時に高額の収入を得ていたからといって、必ずしも、その後の各年につき、その停年時の収入額に前記の比率を乗じて得た額の収入を得られるという訳ではないから、原告らの右主張は採用できず、同期間に義一が得られる賃金の額は、他に特段の事情を証する資料のない本件においては、成立に争いのない甲第五号証に記載された賃金の上昇率等に照しても妥当と思われる成立に争いのない甲第八号証記載の前記賃金センサスにおける年齢別平均給与額を基礎として、算定した年齢別平均給与額、すなわち別表1の計算式及び年収の各欄に( )を附して記載した額のとおりとみるのが相当である。したがって、義一が昭和四二年一〇月から昭和五七年三月までに得ることができたはずの各年間所得の総合計は、別表一の( )内記載のとおり金二〇二五万九〇〇〇円となる。

イ ≪証拠省略≫によれば、義一が、病身で半身不随の状態にある妻原告角井ナラウメと若年の娘原告角井理栄子を抱えて、質素な生活をしていたことが認められるから、義一自身の生活費は、その収入の三分の一とみるのが相当であり、各年間の所得額からその三分の一ずつを控除すると、別表2の(2)欄記載のとおり(( )を附したものはその内に記載された額のとおり)となる。

ウ 右イにおいて算出した額に、ホフマン式計数表を適用し、年五分の中間利息を控除して本件事故時の価額を求めると、その額は、別表2のとおり(( )を附したものはその内の額のとおり)、総計九六一万八四〇〇円を下らないことが明らかである。

エ したがって、義一は、右金九六一万八四〇〇円の損害賠償請求権を有するものであるところ、義一が死亡した結果、原告らが、相続により、原告角井ナラウメは三分の一、原告角井理栄子は三分の二の割合で、義一の権利義務を承継したことは、弁論の全趣旨により明らかであるから、原告角井ナラウメは三分の一にあたる金三二〇万六一〇〇円の、原告角井理栄子は三分の二にあたる金六四一万二二〇〇円の各損害賠償請求権を取得したことになる。

(2) 慰藉料

右(1)のイ記載の原告らの生活状況その他本件にあらわれた事情をあわせ考えると、義一を失ったことによる原告らの精神的苦痛に対する慰藉料の額は、原告ら各自につき金二〇〇万円ずつとするのが相当である。

(3) 弁護士費用

本件事案の性質上、請求に応じない被告らに対し、原告らが、本訴提起等を弁護士に委任したことは、まことにやむをえないところといわなければならないが、事案の難易その他本件にあらわれた諸事情を考慮すれば、弁護士費用のうち、金一四〇万円を本件事故と相当因果関係のある損害とみるのが相当であり、弁論の全趣旨によれば、右損害は、原告らが本訴で得られる金額の割合に応じて、原告角井ナラウメにつき金五五万円、原告角井理栄子につき金八五万円とすべきものと認められる。

(4) 原告らの損害賠償請求権

右のとおりであるから、原告角井ナラウメは、右(1)ないし(3)の合計金五七五万六一〇〇円及び(1)、(2)の合計金五二〇万六一〇〇円に対する本件事故の日の翌日である昭和四二年一〇月二日から支払いずみに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金につき、原告角井理栄子は、右(1)ないし(3)の合計金九二六万二二〇〇円及び(1)、(2)の合計金八四一万二二〇〇円に対する同日から支払ずみに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金につき、いずれも被告会社及び被告喜田繁各自に対し、その支払いを求めることができる。

3  時効の抗弁について。

原告らの本件事故による損害賠償請求のうち、義一の得べかりし利益の喪失についての原告角井ナラウメの当初請求にかかる金二四七万〇七二五円とこれに対する遅延損害金及び原告角井理栄子の同じく金四九四万一四五〇円とこれに対する遅延損害金並びに弁護士費用の損害についての原告角井ナラウメの当初請求にかかる金四八万円及び原告角井理栄子の同じく金九六万円の各請求をこえる部分の請求が、昭和四八年一二月五日提出された請求拡張申立書によって拡張請求されるに至ったものであることは、当事者間に争いがない。ところで、被告らは、右こえる部分の請求が、原告らにおいて本件事故による損害及び加害者を知ったときより三年をこえた後に拡張請求されたものであるから、すでに時効により消滅しているとして、右時効を援用する旨主張する。しかしながら、右請求拡張の日が、損害及び加害者の判明した日から三年をこえた後の日であることは明らかであるけれども、一件記録によれば、原告らは、昭和四五年五月一九日提出された本件訴状において、義一の得べかりし利益の喪失による損害として義一の死亡当時の収入が稼働可能年齢限度まで変らないことを前提とする前記各当初請求額を、損害賠償請求権の一部について判決を求める趣旨を明示しないで請求しているものであり、その後、義一の各年度の収入につき主張・証拠が整理・充実されるに伴って、被告ら主張のように請求拡張したものであることが明らかであるところ、このような場合には、本件事故の後三年以内である前記訴提起時に、訴状で請求された請求権と同一性の範囲内とみられる前記拡張部分についても、訴提起による時効中断の効力が生じたものと解するのが相当であり、弁論の全趣旨により原告らは右時効の中断を主張しているものとみられるから、被告らの時効の抗弁は採用することができない。

(二)  被告福井正行、被告土岐新、被告小西生次、被告山口秀雄及び被告会社に対する請求(事実欄第二の一の(六)、(七))

1  前記一の(三)の1ないし5に認定したとおり、被告会社を除く右被告らは、(1) 過失により本件事故を惹起した被告喜田繁に対して本件事故について口外しないように口止めし、また、(2) 五井及び他の従業員に対しても本件事故について他に洩さないように口止めしたものであるが、右(1)の行為は、刑法第一〇三条のいわゆる犯人隠避の罪を構成しうるものと解され、右(2)の行為については、同法第一〇四条の証憑湮滅の罪にあたりうるとする考えもあり、両者とも、刑事上の違法性の点につき問題を含むものである。しかしながら、右各行為が原告らに対する不法行為を構成するような違法性を有するかどうかの点については、さらに検討を要する。すなわち、刑法の右各条は、国家の刑事司法作用が円滑に機能することを目的とするものと解されるものであり、右目的が達成されたため犯罪の被害者の個人的感情に満足感が与えられる等のことがありうるとしても、それは全くの間接的効果にすぎず、右各条の目的が国家的利益に関するものであることは動かすことのできないところであるから、右各条との関係で前記被告らの各行為が違法とみられるとしても、それがただちに原告ら個人の権利・利益を侵害する不法行為を構成すべき違法性を有するとはいいえないからである。

2  ところで、原告らは、原告らの有する義一の死因の真相を知る権利が違法に侵害されたと主張する。しかし、原告らが、右のような真実を知る権利を有していても、その行使が妨げられた場合、これによる損害の賠償を求めるについては、知る対象となる事実、妨害行為の程度・態様、他人の権利・利益または公共の利益との関係等について種々考察しなければならないことも明らかである。そして、たとえば、継続的な不法行為が行われている場合に、それを知る者に対して、現に被害を受けつつある被害者に真実を知らせないように強要するような行為は、その被害者の知る権利の侵害という観点からも問題とされうるであろうが、本件においては、前記一の(一)ないし(三)に認定した事実によれば、事故は被害が継続的に発生するという種類のものではなく、前記被告らのいわゆる口止めがなされたのは、いずれも本件事故及びその結果の発生が終った後のことであり、その口止めの内容も、被告会社の役職ないしはそれに準ずる者の発言であるとはいえ、単に従業員らの注意を促す程度で、それに従わない場合に何らかの具体的制裁が加えられることをうかがえるような発言もなかったものであり、一方、前記一の(四)に認定した事実に照してみても、従業員らが本件事故の原因を口外しなかったのは、前記被告らの口止めとそれに反して事故原因を口外することにより被告会社内で立場を失うことへの虞によるところも少くないが、それのみでなく、右被告らと同様、本件事故の原因が部外に知られることにより、同僚である被告喜田繁の責任が追及されることへの同情ないし被告会社の信用が失われひいては自己にも不利益が及ぶことを虞れたことにもよるものであることが推認されるところ、以上のような事情を考慮すれば、前記被告らの行為(原告ら義一の遺族への前記事故原因の説明を含めて考えても同じである。)が、原告らの前記知る権利を侵害する点で、不法行為を構成する違法性を有するとは、にわかに断定できないのである。

3  そうすると、前記被告らの行為が原告らへの不法行為を構成すべき違法性を有することを前提とする原告らの請求は、その他の点について判断するまでもなく、失当といわざるをえない。

三  二三〇号事件について。

(一)  五井と原告らが、相談のうえ、被告ら主張(事実欄第三の一の(一))のとおりの告訴及び訴提起をし、これについて同主張のとおりの新聞報道があったことは、前示(一の(四)の1、2)のとおりであり、右告訴・訴提起・新聞報道により、被告らが少なからず名誉毀損・信用失墜されて損害を受けたであろうことは、弁論の全趣旨により推認するに難くない。

(二)  ところで、被告らは、本件事故が義一の自己過失によるもので、被告喜田繁の過失に基因するものでないとの事実並びに被告福井正行、同土岐新、同小西生次及び同山口秀雄が、本件事故が被告喜田繁の過失に基くものであることを知りながら、被告会社従業員等に口止めしたことはないという事実を前提として、被告らの前記損害が五井及び原告らの不法行為に因って生じたものであると主張する。しかし、前記一の(一)ないし(三)に認定したところによれば、被告らの主張は、その前提を欠くものといわざるをえないから、これを採用することができない。すなわち、右認定のとおり、本件事故は被告喜田繁が誤って手元スイッチを押した過失によって惹起されたものであるから、同被告を業務上過失致死の疑いで告訴し、同被告及びその使用者である被告会社に不法行為による損害賠償の訴を提起した点に違法はなく、また、被告福井正行、同土岐新、同小西生次及び同山口秀雄らは、本件事故の右原因を知りながら、共謀するなどして前示口止めの行為に及んだものであるから、その行為が前示(二の(二)の1)のとおり犯人隠匿・証拠隠滅の罪にあたるとも解しうるものである以上、右被告らに対する告訴に違法はなく、さらに、同被告らに対する損害賠償請求についても、その主張事実に誤りはなかったものであるから、これに不法行為を構成する違法性があるとはいえないのである。(右損害賠償請求自体を認容することのできないことは前判示のとおりであるけれども、原告らが、訴にことよせ、強いて事実を公表して被告らを困惑させようと意図したこと等を認めるに足る資料もなく、弁論の全趣旨によれば、原告らは、同被告らの行為が原告らに対する不法行為を構成すると信じて右請求をしたものと認められるところ、事案の性質に鑑み、そのように信ずるについて合理的理由がないとはいえないから、右請求が認容されなかったことは、右判断に何らの影響も及ぼすものではない。)

(三)  そうすると、その他の点について判断するまでもなく、被告らの請求は失当といわなければならない。

四  むすび

以上のとおりで、原告らの被告報国製線株式会社及び被告喜田繁に対する請求は前記二の(一)の2の(4)に記載した限度で理由があるから、右の限度で原告らの請求を認容し、原告らの同被告らに対するその余の請求及びその余の被告らに対する請求並びに被告らの原告ら及び二三〇号事件被告に対する請求は、いずれも失当であるから、これを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九二条、第八九条、第九三条第一項を、仮執行及び仮執行免脱の宣言につき同法第一九六条を、それぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 楠賢二)

〈以下省略〉

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